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「TSUBASA」採択企業が決定。新たな市場に挑戦するために審査員が重視したこと

11社が選ばれた舞台裏。中南米・カリブ地域の持続的な開発に挑戦する企業に求めたもの


太平洋同盟セミナーの様子

前回を上回る11社が採択。各社に可能性を感じた点とは

審査で重視されたポイントは、なぜ中南米・カリブ地域で新たなビジネスに挑戦する必要があるのかということ。そして、その地で開発効果は生まれるのかということだった-

二期目の開催を迎えたオープンイノベーションプログラム「TSUBASA」。日本のスタートアップが中南米・カリブ地域においてSDGs達成へ貢献することを支援するプログラムであり、今回は29社が応募、その内11社が採択された。応募数、採択数ともに一期目を超える結果となった。一体どのようなスタートアップが採択され、審査員はどんなポイントにビジネスソリューションの可能性を感じたのか。選考を行った5人の審査員の言葉とともに審査過程を振り返っていく。

採択のほぼ半数は地方企業。量・質ともに前回を超える水準

3月23日、「オープンイノベーションチャレンジTSUBASA」の採択企業が公表された。TSUBASAとは、国際協力機構(JICA)と米州開発銀行(IDB)グループのイノベーションラボであるIDB Labが連携し、日本のスタートアップの中南米・カリブ地域への事業展開を支援するプログラムだ。

プログラムでは、同地域の開発課題解決やSDGs達成に貢献するアイデアをスタートアップから募集。採択されると6ヶ月間の「支援プログラム」に参加し、事業化の準備などを進める。期間内は現地ネットワークの紹介をはじめとしたサポートを受けられるほか、進捗次第ではその後IDB Labの事業支援ツールやJICAの他プログラムへのアクセスにつながるケースもある。

第二期となる今回は、1月6日より事業アイデアの公募を開始。前回を上回る29社から応募があり、11社が採択された(※前回は23社が応募し、8社が採択)。

特徴的だったのは、全国の幅広い地域から応募があったことだ。JICA ガバナンス・平和構築部 STI・DX室副室長の宮田真弓氏が語る。

「東京以外からの応募が増えたのが大きな特徴です。採択企業を見ても、前回はすべて東京に拠点を置くスタートアップでしたが、今回は5社が地方からとなりました。東京に加えて京都・福岡でもTSUBASAのキックオフ関連イベントを開催し、VCやアクセラレータを介してこのプログラムを広範囲に周知できたことも大きかったと考えています」


スタートアップ企業を支援する福岡市の施設「Fukuoka Growth Next」でのイベントの様子

IDB Lab 次長の竹内登志崇氏も「日本の幅広い地域から応募いただけたのは喜ばしいこと」と話す。加えて、各社のアイデアの中身にも言及する。

「応募企業全体において『自社ビジネスを通じて中南米・カリブ地域に何をもたらすか』という“開発効果”への意識が非常に高いと感じました。とにかく真剣に、同地域におけるビジネス展開を検討しているスタートアップが増えた印象です」


IDB Lab 次長 竹内登志崇氏(同イベントにて)

なぜ「現地パートナーにとっての魅力」が審査の重点項目なのか

TSUBASAへの応募企業は書類審査を経て、16社がピッチ審査に進んだ。6ヶ月間でビジネスソリューションの内容や対象マーケット、市場競争における自社の優位性、その後の事業展開、このプログラムに期待する具体的な効果などをプレゼンしていった。審査員を務めたのは、宮田氏、竹内氏のほか、同地域のスタートアップ投資・育成を行うブラジル・ベンチャー・キャピタル CEOの中山充氏、事業育成を目的としたプログラムを多数展開する01Booster 代表取締役CEOの合田ジョージ氏、事業や産業の成長支援に取り組むドリームインキュベータ COOの細野恭平氏という5人だった。

左から
JICA ガバナンス・平和構築部 STI・DX室副室長 宮田 真弓氏
IDB Lab 次長 竹内 登志崇氏
株式会社ブラジルベンチャーキャピタル CEO 中山 充氏
株式会社01 Booster CEO 合田 ジョージ氏
株式会社ドリームインキュベータ COO 細野 恭平氏

審査ではどのようなポイントを重視したのか。JICA宮田氏は「各社のサービス・技術による同地域の開発課題解決への道筋がイメージできているか、それがもたらす変化やインパクトを明確に言語化ないし数値化できているか、そしてビジネスの持続性や競争性があるか。この3点を重視しました」と語る。加えて「JICA事業との親和性、つまり先方政府や自治体との連携可能性も期待して審査を行いました」と話す。

一方、IDB Labの竹内氏が審査でたびたび確認していたのは、応募各社のソリューションが「現地パートナーにとって魅力的か」ということだ。

「同地域で事業化するには、基本的に現地の共創パートナーが必要不可欠です。日本のスタートアップが単独で成し得るのは現実的ではないでしょう。すると、各社が提案するソリューションについて、現地パートナーが是非とも手を組みたいと感じる訴求力を持っていることが重要です」(竹内氏)

現地を知り尽くすブラジル・ベンチャー・キャピタルの中山氏も、同様の視点を重視したという。

「TSUBASAの特徴は、JICAとIDB Labの広いネットワークを活用して、現地パートナー探索が行われることです。実際、前回の採択企業も各エリアでパートナーを得た実績が出ています。だからこそ応募各社が求めるパートナーの解像度の高さや、相手側が提携したいと思える魅力を持っているかをチェックしました」

採択企業の一部を紹介。差別化できる強みがポイントに

実際に採択されたスタートアップについて、審査員のコメントとともに数社紹介したい。今回の審査では、気候変動や環境問題に関連する事業が多く、特に目立ったのは人工衛星によるソリューションアイデアだ。サグリ株式会社は衛星データを使い、大きく2つの価値を提供する。1つは衛星画像からpH値などの詳細な土壌分析を行い、肥料を最適化。使用量を減らすことで脱炭素によるカーボンクレジット収入などを農家にもたらす。


サグリ株式会社 プレゼン資料より

もう1つは衛星画像から農地の区画を形成。国や自治体の担当者が現地に足を運びにくい山間地域などでも区画を容易に形成・確認することができる。


サグリ株式会社 プレゼン資料より

「同社の技術は、従来1ヶ月ほどかけて行っていた細かな土壌分析を1日で、それも開発途上国農家でも手が届く安価な値段で行えるとのこと。中南米・カリブ地域は山岳地帯に小規模貧困農家を多く抱える国があり、衛星データの活用による廉価で迅速な土壌分析を通じた小規模貧困農家の農業生産性向上が期待できます」(IDB Lab竹内氏)

株式会社アクセルスペースも、人工衛星を使ったサービスを展開。衛星の開発から打ち上げ、衛星で取得したデータの提供までワンストップで行っている。2023年5月現在、国内最多となる5機の光学衛星を運用している。

「同社の衛星データにより、防災や農業、インフラなど幅広い用途が想定できます。特に中南米・カリブ地域は違法伐採に対するモニタリングや農業の管理といったニーズが高い。すでにブラジルに専業スタッフもおり、TSUBASAを通じて具体的なビジネス展開が考えられるのも評価のポイントでした」(ブラジル・ベンチャー・キャピタル中山氏)

人工衛星サービスは増えているが、同社はデータを取得するエリアや時間を細かく指定できる点が強みだという。

そのほか、先述した地方企業の1つが岩手県の株式会社栄組だ。同社はコンクリートのひび割れ補修の独自技術を保有し、コンクリート構造物の長寿命化を実現する活動を行っている。日本やその他の国で登録された特許技術も多く、TSUBASAでは中南米・カリブ地域でのコンクリート構造物の長寿命化方法の確立を加速させようと応募した。


株式会社栄組 プレゼン資料より

「コストや人材不足等の理由により、世界中でインフラの劣化が課題となっています。中南米・カリブ地域も同様です。同社は技術の導入だけでなく、地域に合わせた劣化判断基準の検討や現地人材の育成など、広範囲のサポートでインフラの長寿命化を推進しており、日本の技術や品質という強みをグローバルに展開できると期待しています。また、同社の技術は公共事業での利用も想定されますが、JICAが有する同地域の行政とのコンタクトも紹介できます。」(JICA 宮田氏)

採択されたスタートアップの各アイデアは、現地の開発課題解決に貢献するとともに、競合他社に負けない強みを持っているのが特徴だ。01Boosterの合田氏は、こういった強みがもたらす事業の持続性・発展性を評価したという。

「国内のスタートアップがこれから発展する国に進出する場合、ロマンや社会性はあるものの、ソロバン(事業性)や技術的な差別化の弱いケースが見られます。つまり、マイナス(課題)をゼロにしようというアイデアで止まっており、プラスにしようという発想が少ない。するとどうしても持続性・発展性に課題が出ます。TSUBASAではこの点を特に審査しましたし、社会的に意義があり、かつ技術的な差別化されているアイデアが多いと感じました」

TSUBASA参加企業のコミュニティ形成も考えていきたい

上記以外にも強い熱意と意志を持った11社が採択され、今後6ヶ月のプログラムで現地での事業化を模索していく。一期目、二期目と審査を担当したドリームインキュベータの細野氏は、今回の選考を通じて以下のような希望を抱いたという。

「東南アジアですらチャレンジするスタートアップは限られているのに、わざわざ地球の裏側でチャレンジしたいスタートアップなんているのだろうか。そう思ったのが一期目。そして今回、もはやそういった野望の持ち主は出尽くし、応募が減るのではという不安もありました。しかし蓋を開けると、量・質ともにレベルアップしていた。日本という枠にとどまらない思考が強まっているのでしょう。だとしたら日本も捨てたもんじゃない。そう感じました」

 なお、今回不採択となったスタートアップに対しても、審査員は今後の事業展開に期待する。

「革新的なソリューションとなり得る可能性はある一方、事業化にはまだ相当に長い時間が見込まれる場合、採択が見送られたケースもありました。重要なのはいかに迅速な事業化に筋道をつけ、開発効果の創出に到達できるかなので、最終的な事業化までの道程を含めてプロポーザルをブラッシュアップし、次回以降の応募を目指して欲しいと思います」(IDB Lab 竹内氏)

今後の展開として、JICA宮田氏は「参加するスタートアップ同士のコミュニティ形成」にも言及する。「1期目の採択企業は、すでに現地進出の道のりを進めており、2期目との交流の場も考えています」と話す。

細野氏も「グローバル展開を目指す日本のスタートアップ同士は、日常的に意見交換できているわけではありません。このプログラムがそういったスタートアップのエコシステム形成を担う一環になればいいですね」と同意する。

もちろん、プログラムでの成果もシビアに追い求める。11社とJICA、IDB Labが連携し、一体となって歩みを進めていく。「私たちも迅速な事業化、開発効果の創出に拘りたいと思います」と、IDB Labの竹内氏は決意を述べる。

二期目となるTSUBASA。11社の熱意と意志あるスタートアップが、6ヶ月間のチャレンジをスタートする。

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