企業の海外進出先として注目が集まる「中南米・カリブ地域」
地球規模の課題解決やSDGs達成が求められる昨今、企業が海外に進出する意味合いは増している。ではどのエリアに行くのか。アジアやアフリカは近年聞かれるが、一方で「中南米・カリブ地域」への進出は未だ決して多くない。しかし、このエリアには開発課題が山積しており、加えて、企業がビジネスを展開する上で魅力的な環境も備わっている。その中で先日始動したのが、中南米・カリブ地域において日本のスタートアップによるSDGs達成への貢献を目指すオープンイノベーションプログラム「TSUBASA」だ。
高層ビルが建ち並ぶサンパウロの街並み。近年の中南米地域の経済成長は目覚ましい。
「世界最大のデジタル銀行」を生んだ、この地域の課題と可能性
中南米・カリブ地域は、さまざまな開発課題に直面するエリアだ。経済格差はその象徴で、銀行口座保有率は低く、金融サービスを満足に受けられない人も多い。
状況が深刻だからこそ、その課題にアプローチした企業は大きな成果を得られる可能性が高い。2013年にブラジルで創業したフィンテック企業「Nubank」は、低所得者でも簡単に口座開設して金融サービスを享受できるサービスを展開。2021年に総額5兆円のIPOを行い、いまや「世界最大のデジタル銀行」と呼ばれている。
食料課題も見落とせない。このエリアでは人口増加が続くと考えられ、近年伝えられる世界的な食料危機やタンパク質危機にみまわれると推測される。そのような開発課題解決の一手として、農業ビジネスが成長しており、日本からもスマート農業や農薬散布ドローンの企業・ファンドが進出しているという。
他方、こうした企業がビジネスを展開する上で、中南米・カリブ地域が「魅力的な市場」であることは、十分に知られていないようだ。
「地域全体の名目GDPはASEANの1.5倍ほどあり、ネットインフラの環境も整っています。ネットフリックスの会員数も、世界2位はブラジル。スタートアップ投資額についても、中南米・カリブ地域全体で2020年から2021年の間に3倍ほどに伸びています」
上述の言葉は、中南米・カリブ地域のスタートアップ投資・育成を行うブラジル・ベンチャー・キャピタル 中山充氏のもの。同氏によると、この地域におけるビジネス視点でのメリットは他にもあり、陸続きで移動のハードルが低く、言語もスペイン語・ポルトガル語が基本。宗教・文化もローマカトリックが多く、国ごとにアプローチを変える必要性が低いという。だからこそ「日本のスタートアップが事業展開するのに魅力的な地域」だと話す。
中山氏がこれらの提言をしたのは、2022年12月19日に行われた「オープンイノベーションチャレンジTSUBASA」のキックオフイベントでのことだ。
TSUBASAとは、国際協力機構(JICA)と米州開発銀行(IDB)グループのイノベーションラボであるIDB Labが連携し、日本のスタートアップの中南米・カリブ地域への事業展開を支援するプログラム。2021年度に続き、2回目の開催となる。
キックオフイベントは、今年度のプログラム開幕を告げるものであり、冒頭ではJICA理事の宮崎桂氏が取り組みの意義をこう伝えた。
「中南米・カリブ地域は距離も遠く情報が少ないためか、関心を持つ国内企業が多いとは言えません。TSUBASAは、JICAとIDB Labが持つネットワークを活用した事業展開支援を実施し、日本のスタートアップとともに、複雑化する開発課題の解決やSDGs達成への貢献を目指します」
さらに、IDB アジア事務所 所長の田中秀治氏は、前年度の成果をふまえて、こんな思いを口にした。
「日本のスタートアップが持つ技術は、中南米・カリブ地域の開発課題解決に役立つものであり、その挑戦を強力に支援するのがTSUBASAです。前年度の取り組みで、TSUBASAという単語が根付いてきました。さらにこの言葉がSUSHIやWAGYUのように定着するかは、今年度の成功にかかっています。可能性にあふれた多くの企業の参加を期待しています」
TSUBASAの仕組み。審査を通過すると6ヶ月の支援プログラムへ
TSUBASAは2つのフェーズに分かれており、フェーズ1の「オープンイノベーションチャレンジ」では、この地域の開発課題解決やSDGs達成に貢献するアイデアを企業から募集。審査を通過した企業は、フェーズ2の「支援プログラム」に参加し、6ヶ月にわたって同地域での事業化に向けた準備などを進める。
支援プログラムでは、多方面からスタートアップへの支援が行われる。たとえば、この地域やベンチャー投資のエキスパートが事業アドバイスを行う『メンタリング』や、現地の初期パートナーや水先案内人といった『現地ネットワークの紹介』、そして『渡航費用や通訳の支援』がある。
そのほか、事業内容や進捗次第では、IDB Labの事業支援ツールやJICAの他プログラムへのアクセス、さらには現地での資金調達につながることもある。つまり、プログラム後も支援を受けられる可能性がある。
昨年度は23社が応募し、8社が採択。その後の支援プログラムを受けた。さらに、8社中6社はプログラム後もIDB Labの支援ツールを申請したという。
キックオフイベントでは、昨年度の採択企業から3社が登壇。それぞれの応募経緯を語った。
犯罪予測システムの開発などを行う「Singular Perturbations」は、中南米・カリブ地域の治安・防犯課題に着目して応募。若年層向けの遠隔プログラミング職業訓練事業を展開する「DIVE INTO CODE」は、5年ほど前にアフリカ・ルワンダで先行して事業を展開しており、中南米・カリブ地域もIT人材の育成が急務であると推測。日系人も多いことから進出を考えた。
人工衛星の開発と、それを使ったソリューションの提供を行う「Synspective」は、元々グアテマラで衛星を使った地盤沈下の解析をしており、この地域における事業のニーズの高さを実感。そうしてTSUBASAに手を挙げたのだった。
パラグアイに可能性を見出した理由。メンタリングのアドバイスが決め手に
改めて振り返りたいのは、TSUBASAの支援プログラムで各社がどのようなサポートを受けたのか、ということ。例えば「DIVE INTO CODE」では、現在、パラグアイでの遠隔プログラミング職業訓練事業の準備を進めているが、パラグアイという国を選択した背景にはエキスパートとのメンタリングがあったという。イベント後、同社代表取締役の野呂浩良氏が語った。
株式会社DIVE INTO CODE 代表取締役 野呂浩良氏
「メンタリングの中で、パラグアイはデジタル人材が少なく、政府が10万人規模に無償でトレーニングを行っていると知りました。こういった状況を踏まえ、同国での事業展開を提案して頂いたのです」
中南米・カリブ地域各国のこういった状況は、日本国内の活動だけではなかなか知り得ることができない。TSUBASAでは、JICAやIDB Lab、そのほかのエキスパートと伴走形式で定期的に話しながら事業モデルや対象エリアを決めていく。
「さらにパラグアイは日系人が多く、日本人や日本企業が社会に深く受け入れられているという情報も大きかったですね。そこで、まずは日系人向けに事業を展開しようとしたところ、JICA現地事務所からパラグアイの日系人コミュニティをまとめるキーマンの方とつなげて頂きました。相手方もJICAの紹介ということで快く会ってくれましたね」(野呂氏)
こういったキーマンに素早くアクセスできるのも、プログラムの重要な支援のひとつ。野呂氏は「自分でやったら、キーマンの方を見つけるまでに半年はかかったと思います」と話す。
同社はすでに現地NGOと連携し、2023年からパラグアイで遠隔プログラミングの職業訓練事業の実証をスタートさせる。パートナーとなるNGO経由の申請でIDB Labの支援ツールも既に承認された。
「距離も遠く情報が少ない地域ということで、応募を迷う方もいると思います。私も知らないことばかりでした。それでも、自社のビジネスやビジョンが、少しでもこの地域の課題に当てはまるならチャレンジする価値はあるでしょう。支援によってリスクを十分にコントロールできるのですから、むしろ早くこのマーケットに踏み込む方が大切だと思います」(野呂氏)
JICAやIDB Labのサポートは、他社でも手厚く行われた。たとえば「Singular Perturbations」に対しては、犯罪予防事業をウルグアイで展開すること、かつBtoB及びBtoCも検討することを提案したという。理由として、ウルグアイにはIDB Labが支援している女性の治安対策を行うスタートアップがあり、連携すれば大きな価値を出せると考えたためだ。すでにそのスタートアップと一緒に、犯罪可能性の高いエリアを通知するサービスの実証実験を開始予定とのこと。
「Synspective」の場合は、当初BtoGの事業展開を考えていたが、中南米の事情をふまえてBtoBも同時展開した方が素早く市場にアクセスできるとアドバイスを受けている。IDB Labが出資して稼働中のベンチャーキャピタル(VC)は50以上あるが、その中でも同社のサービスに関心を持ちうる鉱山開発のVCにヒアリングし、BtoBでも大きな需要があることを確認したという。
そうして2期目を迎えるこの取り組み。キックオフイベントの最後、JICA 中南米部部長の小原学氏は力強くこう語った。
「革新的なビジネスを通じ、まさに翼となって課題を解決していく、そんな企業様に応募していただきたいと思います」
オープンイノベーションチャレンジTSUBASAの応募は1月5日から開始しており、2月3日まで行われる。その後、2月中に選考審査を行い、3月から6ヶ月間の支援プログラムがスタートする予定だ。
自社ビジネスによって、中南米・カリブ地域における開発課題への貢献を目指す。そのような思いのある企業は、ぜひ応募を検討してほしい。