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中南米・カリブ地域におけるJICAとIDB Labのスタートアップ支援、その後の事業化の進展

日本のスタートアップのイノベーティブなビジネスと、JICAおよびIDB Labの強力なサポートを掛け合わせることで中南米・カリブ地域におけるSDGsへの貢献を目指す、オープンイノベーションプログラム「TSUBASA」。同プログラムでは、採択されたスタートアップに対して約6ヶ月間にわたり、国際協力機構(JICA)と米州開発銀行(IDB)グループのイノベーションラボであるIDB Labなどから事業化のためにさまざまなインキュベーション若しくはアクセラレーション支援が行われる。そしてプログラム期間終了後も、進捗次第ではJICAやIDB Labからの追加支援が実現することもある。つまり、TSUBASAの期間を“滑走路”として、その後大きく事業化に向けて羽ばたく可能性を秘めているといえる。

では、実際にTSUBASAに参加したスタートアップは、6ヶ月間のプログラムや、その後の道のりを経て、どのように事業化を進展させているのだろうか。本記事では1期目にあたる「TSUBASA2021」で採択されたスタートアップ企業が、現在どのように事業を展開しているのか、いくつかの事例を見てみたい。

改めてTSUBASAの支援内容とは。プログラム終了後も追加支援の可能性

TSUBASAでは、中南米・カリブ地域のSDGs貢献を目指した事業アイデアを持つスタートアップを募集し、その中から採択された企業が6ヶ月間の「インキュベーション・アクセラレーションプログラム」に参加して事業化の準備を進める。

この期間中には、採択企業に対してさまざまインキュベーション若しくはアクセラレーション支援が行われる。TSUBASA2021においては、例えば、事業展開する国やそこで向き合う開発課題、現地の協業パートナー候補の特定などを、JICAやIDB Labをはじめ、この地域を知り尽くしたエキスパートのサポートを受けながら一緒に考えていく。

たとえば事業化を進める上では現地パートナーを見つけ、協業体制を構築することも重要になるが、当然、日本のスタートアップがすべて担うのは難しい。そこでJICA 、IDB Labの現地ネットワークを介してパートナー候補の紹介や協業可能性の協議なども行う。これも重要な支援内容のひとつだ。

そのほか、期間内は定期的にエキスパートによるメンタリングプログラムもあり、アイデアのブラッシュアップや現地の経済・社会情報に関するインプットなどが行われていく。現地の社会情勢やビジネスに精通したVCであるB Venture CapitalもTSUBASAプログラムの中でメンタリングを提供している。

そもそも、日本のスタートアップにとっては中南米・カリブ地域の情報や事業ノウハウを自力で得ることが難しく、事業実績が乏しいケースがほとんどだ。そこで、各採択企業の提案事業がどの国のどの開発解題に最も貢献し得るかを、上記支援を通じて明確にしていくところがTSUBASAの大きな特徴の一つといえる。また、このプログラムはあくまで現地の開発課題への貢献を一義的な目的にしており、その目的意識の擦り合わせもここで行われる。


採択企業の一社である株式会社ダイビック 代表取締役 野呂氏と、TSUBASAで紹介されたパラグアイ現地NGOの「CIDIT」

支援内容は年々ブラッシュアップされており、たとえば2期目となるTSUBASA2022では、現地渡航費の支援なども試行的に含まれた。そのほか、現地渡航の一環としてIDB Lab本部(ワシントンDC)に対する現地協議の結果報告や、JICA職員による伴走支援制度の改善なども2期目で行われている。今後も、採択されたスタートアップからのフィードバックを受けながら、支援内容をより良いものにすることを検討している。

ここまではTSUBASA期間内の支援だが、終了後もJICAやIDB Labが個別に追加支援する可能性もある。実際に、1期目となるTSUBASA2021で採択されたスタートアップの多くは、すでにその追加支援を受けて事業化に取り組んでいる。

なお、JICAとIDB Labが採択企業の事業モデルに応じた支援を行っているのも特徴で、B to B(対企業向けのビジネス)またはB to C(対消費者向けのビジネス)の場合はIDB Labが、B to G(対政府向けのビジネス)はJICAが支援を行うなど、両機関が相互補完的にスタートアップのサポートを行っている。

採択されたスタートアップ各社が6ヶ月で受けた支援内容と、“その後”の事業展開

これらのことから、TSUBASAは6ヶ月で完結するプログラムではなく、それを契機にプログラム終了後も事業化へ向けて企業は歩みを進めて行くこととなる。むしろ、TSUBASAの“その後”こそが重要とも言っていい。

実際、採択されたスタートアップ各社はTSUBASAの期間を終えてから、現在までの間に着々と事業化などの次なる展開を見せている。具体的にはどのような動きが起きているのだろうか。そこでこの記事では、TSUBAS2021に採択された4社(ダイビック、ミュージックセキュリティーズ、アルム、アドダイス)が“その後”どのように現地で事業化に取り組んでいるのかを紹介したい。

■すでにパラグアイでプログラミング事業を開始したダイビック

プログラミング人材の育成やスクール運営を行うダイビックは、JICAやIDB Labとの協議を通じて、パラグアイでのオンライン・プログラミング学習システムを提供することが決まった。パラグアイを選択した理由として、パラグアイ政府が国家戦略としてデジタル化の推進を最重要課題の一つに挙げていたこと、また同時期にIDB Labの支援する別プロジェクトがダイビックと同様のテーマで動き出していたため、その実施機関とのシナジーが中長期で期待できたこと、そしてパラグアイには比較的大きな日系人コミュニティが存在し、そのサポートが期待できた点にあった。

JICAからは現地の日系人商工会議所の会頭や弁護士事務所を紹介し、同国のIT事情や法務面も確認。IDB Labでは、パラグアイ事務所の担当者経由で現地NGOの「CIDIT」を紹介。現地で事業を行う際の実施機関として決定した。

ここまでがTSUBASA期間内の支援だったが、その後どうなっているのか。同社ではプログラム終了から現在までに着々と事業化が進んでいる。ダイビックはIDB Labの支援(300,000ドル)を得て、3年間で最大400人の若年層を指導対象にしたオンライン・プログラミング学習システムをパラグアイで実証中。初年度となる現在、100名近い受講者が今まさに学んでいる最中だ。

今後は、まず上記の受講プログラムの卒業生を輩出して実績を作るのが第1ステップ。離脱率を低くし、現地の卒業生を増やすことで次年度以降の受講者獲得につなげて行くという。そして第2ステップは、その卒業生が大手IT企業に就職したり、起業したりするなど、現地の活躍人材の育成を目指す。すると現地で受講プログラムを希望する人が増えてくる。そして第3ステップでは、この事業を継続できるよう、マネタイズを含めた仕組みの高度化を図っていくという。

■当初のアイデアとは違う事業にピボットしたミュージックセキュリティーズ

ミュージックセキュリティーズはTSUBASAに申し込んだ当初、ラテンアメリカ域内のクリエイティブな活動を行う音楽家等の資金需要をクラウドファンディングでサポートしていくアイデアを提出していた。しかし、先述したメンタリングやアイデアのブラッシュアップを行う中で、過去に同社が中南米でマイクロ投資クラウドファンディングプラットフォームを通じた中小事業者支援のパイロットプログラムを現地実施機関のABACOと検討していたことなどから、TSUBASAでもクラウドファンディングを活用して中小企業を金融支援する事業内容へとピボットした。

さらにこの頃、クラウドファンディング法がペルーで施行されたことから、同国で事業を行うことに。IDB Labなどのサポートを経て現地実施機関にABACOを選び、実証事業化に至った。ミュージックセキュリティーズの場合、国や社会課題、そしてパートナーの特定がプログラムの中で行われたといえる。

同社もTSUBASA終了後から現在までに着実なステップを刻んでいる。具体的には、IDB LabによるABACOに対する支援が決まり(592,600ドル)、今年6月には最初の資金提供が行われた。この間、IDB Labの担当者がつねに契約面のサポートをしており、一緒にチームで動いたという。

そして今年、現地でマイクロ投資クラウドファンディングプラットフォームを運営する合弁会社をABACOと一緒に設立することが決定。現在はCEOの選定に入っており、今後はクラウドファンディングのプラットフォームを実証していく予定だ。その形ができれば現地にマイクロ投資の革新的な金融支援ツールを根付かせるフェーズに入っていくだろう。


ミュージックセキュリティーズ株式会社と現地実施機関のABACO

■チリの深刻な課題「糖尿病網膜症」に挑むアルム

医療ICTのソリューションを提供するアルムは、もともとブラジルにおける眼底検査のソリューションを想定していたが、TSUBASA内の支援を通じてチリにおける実証事業化を選択。さらに現地の開発課題の理解を深めるため、IDBグループの公共セクター(社会局・ヘルス関連部門)の担当者と議論する中で、チリの社会課題のうち、糖尿病網膜症の早期検出とマンモグラフィーによる乳がんの早期検出が同社のソリューションと親和性があると判断した。

現地の社会課題を理解するため議論を重ねる(株式会社アルム)

チリでは糖尿病患者の約1/4が糖尿病網膜症を患っているという統計があり、かつ疑いのある患者に診断が下るまで最大90日かかる課題があった。一方、乳がんについてはマンモグラフィーが眼底検査に比べ公共システムでカバーされていたため、より緊急性の高い糖尿病網膜症の早期検出のための眼底検査ソリューションの展開を選択。現地情報を取り入れながら事業内容と事業対象国を特定したといえる。

こうしたプロセスをTSUBASAで行った後、現在までにどのような進捗を見せているのか。同社は、現地法人であるSoluciones Tecnologicas e Informaticas Chile-Japon SpAとともに、IDB Labの支援を得て(308,000ドル)、チリでの実証事業をスタートさせた。

具体的には、チリのバルパライソ地域とサンアントニオ地域で糖尿病網膜症の早期検出プロジェクトを進めており、現在は実施に向けて機器の調達を行っている。さらに、プロジェクトマネージャーを雇用し、プロジェクト内で予定されている研修の準備を進めている。

現地の保健サービスの権限が変更され、またプロジェクトを調整していたメンバーが2回変わるなどの出来事により事業実施は少し遅れたものの、これらは保健サービスの管理プロセス内では通常範囲内であり、現在は新たなメンバーとプロジェクトを進めているという。

■IoTとAIで妊産婦の悲劇を減らしたいアドダイス

アドダイスはウェアラブルIoTを活用したヘルスケアAIサービスを中南米・カリブ地域の開発課題解決に活用しようと応募した。その後、JICAとIDB Lab間で議論する中で、IoTによる身体データの測定と、同社の独自技術(SoLoMoNR Technology:特許第6302954号)に基づくAIの分析を組み合わせ、SDGsの一つである妊産婦の死亡率低下に寄与するソリューションを提供できないかというアイデアに至った。

そうして中南米・カリブ地域の妊産婦死亡率データを分析したところ、ボリビアの死亡率が高いことから、同国を対象に検討を開始。IDB Labボリビア事務所の担当者の積極的な関与もあり、現地NGO法人であるCIESとのパートナリングに至った。そのほか、将来的なパラグアイでの展開も模索し、JICAの紹介で日系人商工会議所メンバーとも面談を行った。

TSUBASAの“その後”において、アドダイスはにボリビアでの実証事業を近く開始予定。IDB Labの支援(400,000ドル)を得て、CIESを事業実施機関として契約、今後、ボリビアの妊産婦にウェアラブルデバイスを装着してもらい、妊娠中の健康状態への影響を観察する実証事業が行われる見通しだ。

CIESとの契約においてはJICAもIDB Labも現地の人脈を駆使し、契約に向けたフォローアップを行ってきた。

また同社は、現地パートナーとの円滑な事業実施に向けて、中南米在住の日本語ができる人材の雇用も視野に入れており、将来的には現地でのさらなる事業拡大を担う足掛かりとする予定だ。長期的な事業展開を視野に入れた動きが始まっているのだ。

TSUBASAをステップに、事業化ビジネスをさらに前進させていく

日本から見ると「地球の裏側」にあたり、ビジネスの舞台としてはなかなか想起しにくい中南米・カリブ地域。しかし、ここにはさまざまな開発課題が存在しており、それだけスタートアップにとって事業機会が多いと言える。しかもひとつひとつの課題は根深く、ニーズや意義も大きい。TSUBASAはそこに挑戦するためのプログラムであり、距離や情報不足といった不安をフォローしながら、日本のスタートアップの新しいチャレンジを後押しするものだ。

実際に上述した4社の歩みを振り返ると、TSUBASA期間内の支援で、各スタートアップが向き合う国や開発課題の特定、現地パートナー候補の探索といった「基礎固め」を行い、それを足がかりにプログラム後も着々と事業化を進め、実現へと動いていることがわかる。

まさにTSUBASAの6ヶ月間は、中南米・カリブ地域におけるSDGs貢献を目指す事業アイデアをブラッシュアップするための「滑走路」であり、その先にさらなる進展の可能性が広がっている。ここで触れた4社は1期目の採択企業だが、2期目となるTSUBASA2022、そして今年新たに行われるTSUBASA2023に応募するスタートアップも、同じように大きく飛躍できる可能性を秘めているだろう。

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