• TOP
  • NEWS
  • 南米ボリビア発・農業DX、Koeeruがテクノロジーで変える農家と市場の新しい関係

南米ボリビア発・農業DX、Koeeruがテクノロジーで変える農家と市場の新しい関係


Koeeru 創業者 兼 代表取締役CEOの長野草児氏
Image credit: Koeeru

デジタル技術が世界中の産業を変革する中、農業もその大きな転換点に立っている。そんな中で、日本のスタートアップKoeeru(コエル)が、南米ボリビアの農業セクターに革新的なデジタルソリューションをもたらそうとしている。

Koeeru は、JICA(国際協力機構)と IDB Lab(米州開発銀行グループ)による、日本発スタートアップの中南米・カリブ地域向け事業展開支援プログラム「TSUBASA」に採択され、農家と農産物バイヤーをつなぐモバイルアプリケーションを開発し、農家の生活改善を目指す野心的なプロジェクトを進めている。

Koeeru の創業者で代表取締役CEOの長野草児氏に話を聞いた。

「Africa Open Innovation Challenge」への参加がきっかけ

信州大学を卒業後、オーストラリアへの留学を経験し、国際的視点を培った長野氏は、グローバルビジネスの最前線で活躍してきた。2016年にはグローバルリサーチのための会社Syno Japan(現在のKoeeru Global)を設立し、日本企業の海外進出支援に取り組んできた。

「当時は、特にインバウンド観光客が増加していた頃で、日本企業向けに海外の消費者の声を簡単に集め、取り入れることができるソリューションを作りました。」(長野氏)

しかし、2020年初めから日本でも感染が広がり始めた新型コロナは、長野氏の事業にも大きな試練をもたらした。コロナ禍で調査会社、コンサルタント会社、中小企業の会議が止まり、売り上げがマイナスになったのだ。そんな苦境の中で、長野氏は海外に活路を見出すことになる。

転機となったのは、JICAが主催した「Africa Open Innovation Challenge」との出会いだった。このプログラムに参加を検討する中で、長野氏が注目したのは、JICAが開発した「Smallholder Horticulture Empowerment & Promotion(SHEP:市場志向型農業振興)」という仕組みだ。これは、JICAが支援する開発途上国の現地農家に、市場ニーズを意識しながら生産する行動変容を促すものだ。


Image credit: JICA

SHEPを実行することは農家の収入の安定と向上に貢献するが、そのためには市場や生産現場の情報を効率よく収集・共有・分析する必要がある。紙によるメモ書きに依存するタンザニアの小規模農家の現状を見て、長野氏は、デジタル技術を活用することで、農家の生活を変革し、地域経済を活性化できると確信した。

「農家の人が市場調査の結果を紙で記録しても、それを蓄積できないし、他の人と共有できません。」(長野氏)

2021年、長野氏らはプログラムに参加することを決め、SHEPに必要なデータをモバイルで記録・共有できる「Anzia Sokoni(スワヒリ語で「市場から始まる」の意)」というアプリを開発。デザイン思考のアプローチを採用し、現地の農家や農業普及員、バイヤーから寄せられた意見を反映し、プロトタイプを作成、実証事業を行った。


TANSHEP(タンザニアの「SHEP」プログラム) マーケティングプラットフォーム「Anzia Sokoni」のMVPのイメージ
Image credit: Koeeru

アプリの仕組みは比較的シンプルながら革新的である。農家は自らの販売価格や市場のニーズに関する情報をリアルタイムでアプリに入力し、共有することができる。これにより、即時性と透明性の高い情報分析が可能になる。

タンザニアの農耕地では、ケータイの電波もまともに届かないところは多い。Anzia Sokoniには、最低限の機能はスタンドアローンでも動くような工夫が導入された。農家の生産様式を根本から変える可能性を秘めたアプリは、農家の直接取引を可能にするプラットフォームとして機能している。

中南米への展開——ボリビアでの新たな挑戦


ボリビア・サンタクルス県でプロジェクトに参加する農家グループ「Team San Juan」の皆さんと長野氏ら
Image credit: Koeeru

ボリビアは豊かな農業資源と潜在的な成長力を持つ国である。人口約1,240万人のうち、約30%が農業に関わる農業国だ。しかし長年、この国の農家は深刻なデータ不足と情報の非対称性に悩まされてきた。農家は市場価格や需要について十分な情報を持たず、バイヤーとの交渉で不利な立場に置かれるのが常だった。

タンザニアでの経験を踏まえ、2023年、長野氏は経済産業省のDX補助金を活用し、ボリビアでも同様のアプリ開発に挑戦した。ボリビア・サンタクルス県の日系農協との対話を進める中で、特に若手農家は、従来の仲介業者を通さない直接取引や、新たな農産物の販路開拓に強い関心を示していることがわかった。

「仲介業者を通すと、例えば、トマトは一定の均一価格でしか売れませんが、直接BtoBでホテルなどに売ると、その8倍の価格で取引できることがわかったんです。」(長野氏)

Anzia Sokoniのボリビア版とも言えるアプリ「Mi Mercado Verde(スペイン語で、「私の緑の市場」の意)」には農作物のBtoB取引の機能も備わっており、構造的課題に取り組むソリューションとして注目されている。農業が盛んなサンタクルス県では、この地域の農業人口の74%をカバーする野心的な取り組みだ。


「Mi Mercado Verde」
Image credit: Koeeru

SHEPは現在、JICAを中心に世界60ヵ国で展開されているが、「Anzia Sokoni」や「Mi Mercado Verde」などのアプリが製品として市場に展開されれば、各国における農業のデジタルトランスフォメーションに寄与できるかもしれない。このデジタル化は、その地域の女性の社会参画にも大きく寄与する可能性がある。

「Anzia SokoniやMi Mercado Verdeは、ユーザーの自律的な市場ニーズの理解(マーケティング)と新たな市場機会の創出(BtoBマーケットプレイス)を両立する、持続的な社会課題につながるビジネスモデルです。これまでは自家栽培や地元でのみ商品を販売していた女性の社会参加や、透明性の高い市場データやバイヤーと直接の販売機会を活用した新たなイノベーションの創出にもつながります。

単なるアプリ提供ではなく、現地の課題に寄り添い、イノベーションを通じて社会に貢献したいと考えています。私たちが目指しているのは、データを通じて農家のエンパワーメントを実現することです。」(長野氏)

KoeeruではMi Mercado Verdeの製品化を目指し、「TSUBASA2023」のBusinessコースに応募し採択された。このプログラムへの参加では、主にBtoB向けにビジネスモデルをブラッシュアップすることに主眼を置いている。


ボリビアでの産学官連携スキームのイメージ
Image credit: Koeeru

グローバル展開を見据えた戦略的ビジネスモデル

TSUBASAにはBusinessコース(BtoB または BtoC のビジネスモデルを志向する企業向け)とGovernmentコース(BtoGのビジネスモデルを志向する企業向け)が設けられているが、Koeeruは前者に採択され、現地民間部門を顧客としたビジネスとしての可能性を模索している。ソーシャルインパクトとビジネスの巧みな融合は、Koeeruの事業モデルのユニークさの一つだ。

「最初からベンチャーキャピタルの資金に頼るのではなく、まずは、自力で現地に飛び込み、地域の社会課題解決に関わるステークホルダーと共にビジネスモデルを共創することにしました。ソーシャルインパクト系のスタートアップは、必ずしも従来の成功モデルに当てはまるわけではないと考えたからです。」(長野氏)

この戦略の背景には、初めから急速なビジネス拡大を求めない、持続可能な社会変革への深いコミットメントがある。まず技術やアプリケーションの価値を徹底的に実証し、その後、段階的に資金調達や事業拡大を行う。中南米での展開においては、ボリビアを足がかりに、将来はパラグアイやブラジルなど、より大きな市場への進出を視野に入れている。ゆえに、中南米地域におけるアグテック企業への支援経験が豊富なIDB Labからは、国際市場における「Mi Mercado Verde」の比較優位性の検討、収益モデルの精緻化などの助言を得た。

Koeeruのビジネスモデルは、戦略的かつ革新的と言える。現在のアプローチは、まず1万人のユーザーを獲得し、そのデータの価値を高めることに注力している。1万人という数字は一見少なく見えるかもしれないが(それでも十分大きいが)、長野氏によれば1万人の「人」という顔が見えるユーザーが自律的に、自身の「声」で提供する属性情報や取引情報や市場ニーズなどのデータは、IOTやデジタルデバイスから収集する「数」のデータに匹敵、あるいはそれ以上の価値を提供するすることができるという。


Image credit: Koeeru

具体的な収益モデルは、3つの柱を想定している。農家とバイヤー間の取引から得られる手数料、収集されたデータを企業に提供するデータプラットフォーム事業そして、地方政府からのアプリ使用料である。こうした多角的なアプローチが、ビジネスの持続性と拡張性を十分担保しうるのか、今後実証する必要があり、そのような支援の可能性についてIDB Labと意見交換していく予定だ。

他方、JICAとの関係では、民間主導のアプリ製品の開発・普及が実現することで、JICAのSHEPプロジェクトの開発効果を補完する役割が期待される(JICAは当事者としてKoeeruにSHEPのアプリ開発を発注しているわけでなく、Koeeruによる主体的な企業活動を側面支援している)。

Koeeruの挑戦は、タンザニアやボリビアだけにはとどまらない。現在、アフリカ、パラグアイなど中南米諸国、アジアでの展開を視野に入れており、各国の特性に合わせたローカライズを計画している。

「最終的な目標は、日本企業の海外進出を支援するマーケティングリサーチのグローバルプラットフォームになることです。」(長野氏)

各国の農業の特性を理解し、データを通じて新たな価値を創出する戦略は、国際ビジネスの新しいモデルとして注目に値する。

Koeeruの挑戦は、まさにテクノロジーと社会課題解決の融合を体現する、21世紀型のイノベーションだ。農業、テクノロジー、持続的な経済社会開発が交差する刺激的な領域で、彼らは新たな可能性を切り拓こうとしている。このスタートアップが農業のデジタル革命にどれほど大きなインパクトを与えるのか、注目のプロジェクトと言えるだろう。

NEWS一覧へ TOPへ戻る