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世界のコーヒー取引にデジタルで革新を——TYPICAが挑む新市場の創造と環境負荷低減の両立


TYPICA Holdings Social Impact Officer 船山静夏氏(中央)
Image credit: TYPICA

コーヒーのグローバルなダイレクトトレードプラットフォームを運営するTYPICA Holdings(以下、TYPICA)が、JICA(国際協力機構)と米州開発銀行グループ(IDBグループ)傘下のスタートアップ支援組織である IDB Lab による、日本のスタートアップの中南米・カリブ地域におけるSDGsへの貢献を目指すオープンイノベーションプログラム「TSUBASA」を活用し、コーヒー生産における温室効果ガス(GHG)排出量の可視化に向けた取り組みを本格化させている。

同社執行役員でSocial Impact Officerを務める船山静夏氏へのインタビューを通じて、その取り組みの詳細と、コーヒー業界におけるサステナビリティの新たな展開が明らかになった。

80カ国以上に広がるグローバルプラットフォーム


Image credit: TYPICA

TYPICAは、コーヒー生産者と購入者を直接結びつけるオンラインプラットフォームを運営している。現在、プラットフォームには80カ国以上の11万軒の生産者や5,500軒の購入者(ロースターなど)が登録しており、実際の取引実績も60カ国近くに達している。

「基本的に当初からの事業モデルは変わっていません。ダイレクトトレードを誰でも利用できるようにし、それを主流化していくこと。これまでは主に中小規模のロースターの方と小規模生産者の方を繋いで取引ができるようにというのを軸としてやってきました。」(船山氏)

2024年8月には、プラットフォームの大幅なリニューアルを実施した。これまでは生産者側が出品リストを公開し、購入者がプレオーダーを入れる仕組みだったが、新たに購入者側から需要を登録できる「ウィッシュリスト」の機能を追加した。

「大手企業の調達計画はかなり先のものまで決まっているので、そういった調達計画を登録いただくことで世界中の生産者の可能性が開かれます。始動から2ヶ月ほどで1,000件ほどのウィッシュリストが登録されるなど順調に利用が拡大しており、複数の大手企業との個別商談も進んでいます。」(船山氏)

同社ではこの新機能により、コーヒー生豆の調達のあり方そのものを革新することを目指す。これとあわせ、同社は11月に経営体制も刷新。創業者でCEOの後藤将氏は、生産地との関係性をさらに強化し、安定価格でまとまった量のコーヒーの長期取引を基本とする大企業向けの新たな市場づくりに一層注力。1回の取引量を増やして輸送効率を上げることで貿易にかかる費用負担を減らし、小規模ロースターを含む購入者全員に恩恵がもたらされる好循環を生み出すことを目指す。新たに葛西龍也氏が社長に就任し、その実現と既存モデルのさらなる拡充を進める組織運営を担う体制となった。

価格決定の構造改革へ


Image credit: TYPICA

TYPICAの特徴的な取り組みの一つが、コーヒーの価格決定方式の改革だ。従来のコーヒー取引では、ニューヨークの先物市場でアラビカコーヒーの基準価格が決定され、そこにディファレンシャルと呼ばれる調整額を加えて最終価格が決まる仕組みとなっている。

しかし、この仕組みには投機的な要素が入り込み、価格の変動が激しくなるという問題がある。「生産者が安定した収入を得られない」という構造的な課題につながっている、という。TYPICAは、契約の段階で市場価格とは独立した独自のモデルに従って価格を確定させることで、彼らの生計の安定化を目指す。

「我々のプラットフォームでは、市場価格の変動の影響を受けずに購入予約の時点で価格をフィックスすることができます。どれだけの収入が、確実にどの時期に得られるがわかるので、生産者さんの生計を安定させることができます。」(船山氏)

GHG可視化と、コロンビアでの実証実験


Image credit: TYPICA

TYPICAは2024年3月から、TSUBASAのBtoBコースに参画。コーヒー生産におけるGHGの可視化に向けた取り組みを本格化した。農業は世界のGHG排出において10%以上と決して少なくない割合を占めており、コーヒー生産においても、輸送や焙煎に至る前の農地での栽培過程は大きな排出源となっている。

「肥料使用による土壌からの排出、排水や農業残渣の処理などにより、相当量のGHGが発生しています。サステナビリティ関連の取り組みの一環として、GHG排出量の算定を進めて、将来的にはTYPICAのプラットフォームで流通するすべてのコーヒーのカーボンフットプリントを可視化したいと考えています。」(船山氏)

TSUBASAの開始当初は、すでに汎用的なGHG排出量の可視化ツールが多数存在する中でどのように差別化しながら事業化を目指すのが適切かという観点から、既存のツールに欠けている点や課題を明確にし、プログラム期間内で事業アイデアのブラッシュアップを行っていった。

「机上調査などを行ったところ、既存の排出量算定ツールにおける主な課題の一つとして、農園での各種データの収集の困難さが正確な算定の普及を妨げていることがわかりました。そのため、コーヒー農園を営む方々にとっての負担を減らす簡便なツールを提供し、できるだけ正確なデータを集めてシステムで自動的に計算を行うことで、データ収集の効率性やデータの完全性、信頼性を高めることに注力したいと考えました。」(船山氏)

その後、TSUBASAでメンタリングを受けながら検討を進めて行く中で、コロンビアのコーヒー生産者連合会(FNC)とパートナーシップを組み、GHG排出量の算定に向けたデジタルソリューションの開発を目指すこととなった。FNCは日本にも事務所を持つ大規模組織で、コロンビア全土のコーヒー生産者をネットワーク化している。

「FNC自身もGHGの排出算定というのが、今後やっていかなければいけない課題という意識が強かった。日本を含む消費国に事務所を持っているため、購入側のニーズに敏感である点が大きいと思います。」(船山氏)


Image credit: TYPICA

2024年8月には、TSUBASAの支援を受け、船山氏はFNCとともに実際にコロンビアの農園やFNC傘下のコーヒー研究施設も訪問した。規模の異なるコーヒー農園を3軒訪問し、今後データ収集を行う上で鍵となる農園の運営実態や生産者の対応能力の把握に努めたほか、FNCがすでに活用しているデジタルツールや保有するデータの内容などについて詳細な聞き取りを行い、TYPICAが開発すべきソリューションの要件を具体化した。

生産者にとってデータ収集は負担となりかねないため、GHG排出量を可視化することがどのように生産者自身に利益をもたらすのかを丁寧に説明しながら現地でサポートを行う必要性についてFNCと確認し、今後の協業方針を話し合った。

「一部の企業は自社で作っている製品がどのくらいの環境負荷を出しているかをレポートする義務があります。特に、原材料の生産段階での排出量(スコープ3)の報告義務化が近づいているため、飲料メーカーやカフェチェーンなどにとって、コーヒー豆の生産段階での排出量データの把握が課題となっています。」(船山氏)

TYPICAは、単なる排出量の可視化にとどまらず、より包括的なアプローチを目指している。「より環境負荷の低い営農方法を取り入れてもらったり、使用している機械を環境への影響が少ないものに変えて排出量を減らしてもらったり(船山氏)」といった実践的な取り組みを促進。プラットフォームを通じて、研究者も巻き込みながら世界中の生産者がベストプラクティスを共有できる仕組みの構築を目指している。

また、環境技術を持つスタートアップと生産者のマッチングプラットフォームとしての機能も視野に入れている。「日本にも環境系の技術を持ったスタートアップはたくさんございますので、そういったところと生産者さんをマッチングするプラットフォームにもなっていけたら」と船山氏は展望を語る。

ソーシャルインパクトとビジネスの両立を目指して


Image credit: TYPICA

TYPICAの取り組みは、ソーシャルインパクトとビジネスの両立という課題に一つの解を示している。それが評価され、環境・エネルギー分野のベンチャー企業に特化した国内老舗VCの環境エネルギー投資から出資を受けているほか、国内有数の機関投資家である第一生命保険からは、同社のESG投融資の一形態である「インパクト投資」を受けている。そうはいっても、利益追求型の典型的なスタートアップと比べれば、社会における認知度はまだまだ低い。同社は、政府系資金なども活用しながら、パブリックセクターとの協働も進めている。

「トライしているスタートアップはかなりあると思いますし、(ソーシャルインパクトスタートアップの)コミュニティ自体は大きくなっていると思うんですけど、やっぱりまだそれが本当にお金になるのかなというところで、出資しにくいところもあるのかもしれません。

これまで民間企業とパブリックセクターというのは、分かれて動いていた部分が大きいと思うんですけど、そこはつなぐというよりは、一体としてやっていける存在として、今後、産業構造自体を作っていきたいと思っています。」(船山氏)

この姿勢は、今回のTSUBASAでの取り組みにも表れている。TYPICAはコーヒーという世界的商品を扱いながら、生産者の経済的安定性確保と環境負荷の低減という課題に取り組む。その過程で、デジタル技術を活用したソリューションを開発し、業界全体の変革を促している。生産者のニーズを汲み取り、生産者の主体性を促すには何が必要かという視点で開発を進めているからこそ、コロンビアでの取り組みを経て全世界へとスケールアップ可能なソリューションが期待できる。

TYPICAの挑戦は、ビジネスを通じた社会課題解決の新たなモデルを示すものといえるだろう。今後の展開で視野に入れているという、環境技術を持つスタートアップとの連携などからも、コーヒー産業におけるサステナビリティの新たな展開が期待される。

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