バイオーム 取締役COO 多賀洋輝氏 アマゾン熱帯雨林のタワーにて
Image credit: Biome Inc.
現代のグローバル社会において、環境課題の解決は単なるビジネスチャンスを超えた、より大きな意味を持つ。モバイルアプリを使って、生物情報の可視化に取り組むバイオームの挑戦は、まさにその実践の最前線と言えるだろう。
JICA(国際協力機構)と米州開発銀行グループ(IDBグループ)のスタートアップ支援組織である IDB Lab による、日本のスタートアップの中南米・カリブ地域におけるSDGsへの貢献を目指すオープンイノベーションプログラム「TSUBASA」の支援を受け、同社は中南米、特にボリビアという、多くの日本企業にとって未知の市場に果敢に踏み込んでいる。
ボリビアでのバイオームの取り組みについて、取締役COOの多賀洋輝氏に話を聞いた。
未知の可能性を拓く、南米ボリビアへの挑戦
バイオームのボリビア訪問記録から
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地球規模の環境課題は、もはや単一の国や組織だけで解決できるものではない。多賀氏の国際的な視野は、決して偶然ではない。東南アジアでの研究経験や、JICA職員として活躍する友人との交流が、今回のプロジェクトの伏線となっていた。
「創業当初から、熱帯域こそがネイチャーポジティブの主戦場になると考えていました。」(多賀氏)
多賀氏は、TSUBASAに申し込んだ背景をそのように振り返る。熱帯の生物は多様性に富んでいて、まだはっきりとは解明されていないことも多い。環境保護だけでなく、より包括的な地球システムを理解する上で機会に満ちている。治安の良さや、JICA が同国に強固な基盤を持っていたことが決定的な理由となり、バイオームは進出の地にボリビアを選んだ。
「ボリビアは中南米最貧国の一つと言われています。でも、みんなが貧しいからといって、余裕のない生活をしているわけではないんです。ボリビアは、本当に素晴らしい国です。スマートフォンを取り出しても(スリに遭うことなく)安全で、アマゾン熱帯雨林も国内に広がっています。ちょうど良い規模感で、じっくりとプロジェクトを進められると感じました。」(多賀氏)
ボリビアが直面する水資源問題、アプリで解決への糸口探る
いきものコレクションアプリ「Biome」
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多賀氏らが現地で直面した最大の課題は、水質汚染と住民の環境意識の低さだった。ボリビアの水資源管理は、極めて複雑で根深い課題を抱えている。違法な水路、無秩序な取水、環境に対する低い意識などが原因となり、水質悪化を招いている。
バイオームが開発・運営を行っているいきものコレクションアプリ「Biome(バイオーム)」は、スマホで撮影した植物や昆虫、鳥などの名前がわかるアプリで、現在、日本国内のほぼすべての動植物約10万種に対応している。
ボリビアでは、人々に水辺環境への関心を持ってもらうために、このアプリを使うこととなった。アプリを使って、汚染された水域と汚染されていない水域の生物の違いを示し、良好な水辺環境の豊かな生態系を体感してもらうことで、地域住民に環境保全の重要性を直感的に理解してもらう。これは単なるテクノロジーの導入ではなく、地域社会の意識変革を促す戦略だ。
「ハードインフラの整備は、資金面から言っても非常に困難で、おそらくODA(政府開発援助)が不可欠。しかし、だからと言って、スタートアップは傍観者でいるのではなく、インフラ整備に向けた潤滑油のような役割を果たせるかもしれないと考えています。」(多賀氏)
地域に根ざすことの重要性
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7日間、休みなしで行われた現地調査では、県庁、市役所、大学、博物館、NGO など、水資源問題にかかわるあらゆる機関と対話を重ねた。その結果、コミュニティとの連携が重要との判断から、地元のNGO「Gaia Pacha」とのパートナーシップを結ぶことになった。
ボリビアでは、行政への過度な依存を避け、「自分たちの地域のことは自分たちで考える」という市民意識が強い。その結果、NGO活動が驚くほど活発に展開されている。多賀氏は「NGO人材が想像以上に多く、これがボリビアでの展開のしやすさにつながっている」と分析する。
多賀氏が描く青写真は、これまでのビジネスではあまり見たことのない、「中南米のサプライチェーン上流における生物生産情報を、日本企業のTNFD(自然関連財務情報開示)に活用する」というものだ。革新的ではあるものの、同時に実現可能性は高いものだと言える。
「現在、このようなデータを提供できる企業はほとんどありません。これが実現すれば、私たちの大きな競争優位になるでしょう。」(多賀氏)
一方、中南米は、人件費の安さ、地理的優位性、タイムゾーンの近さ、文化的近接性などから、北米企業にとって魅力的な開発拠点となっている。ボリビアでの展開を中南米全域にまで広げることができれば、こうした北米企業をも顧客にできる可能性が生まれてくるはずだ。
しかし、現在のアプリは日本国内で見られるほぼ全種の動植物に対応しているものの、ボリビアの生物の名前を判定するためには、現地の生物データをアプリに組み込む必要がある。そこでバイオームでは、現地の博物館や大学とも密接に連携し、ボリビア固有の生態系データを丁寧に収集している。
来年には一般市民も参加、中南米各国展開も視野に
ボリビア・コチャバンバの汚染された川での調査の様子。水は黒く濁り、硫黄のような匂いが立ち込めていた。
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現在のバイオームのアプリは、ボリビアではまだ、主に研究者や教育者向けの限定的な利用段階にある。2025年11月頃に、現地でスペイン語対応のアプリを使ったワークショップを実施し、段階的に市場への浸透を目指している。
「プロジェクトの意義は、環境保護のためだけではありません。私たちが目指しているのは、住民の権利を尊重しつつ、いかにして、その地域に経済的恩恵をもたらす仕組みを作るかということです。これは単なるビジネスではなく、社会学的にも極めて意義深い挑戦なのです。」(多賀氏)
TSUBASA は中南米・カリブ地域におけるSDGsへの貢献を支援するプログラムだが、この地域は、JICA の海外拠点やスタッフが充実している割に、今のところ、日本から進出している企業の絶対数が多くないため、微に入り細に入り、JICA から手厚いサポートが得られたのは良かったという。
「我々のフィールドは自然。中南米の国々でも、新しいビジネスモデルを探求できると思っています。技術支援にとどまらず、地域とともに成長し、新たな価値を創造することを目指します。」(多賀氏)
南米ボリビアでの挑戦は、まだ始まったばかり。しかし、その可能性は無限大に広がっている。バイオームの取り組みは、グローバル社会が直面する複雑かつ地球規模の課題に対する、一つの希望に満ちた答えになるかもしれない。